ラム・ナーシュの滝。
リルガミン郊外にあるこの静かな滑るように流れる滝は、願い事を叶えてくれる滝として地元では知られていた。いままた、ひとりの女の子が地にひざをつき小さな手を合わせ祈りを捧げていた。
(おとうさんの病気が治りますように…)
早朝。あたりにはすまし顔をしたたぬきくらいしかいない。少女は目をつむり、そのまま静かに祈り続けた。
カサッ
?
その少女、マーシャは物音に振り返る。まさかモンスターではないと思うけど…
カサッ
草むらの中から、にぶい黄色をした一匹のトカゲが顔をだした。ホッとするマーシャを気にする様子もなく、そのトカゲは泉へとするっと入っていく。見ると、かわいいリボンが首のあたりについている。
マーシャはその、ちょっと変わったただのトカゲとは思えないかわいさに目を取られ、滝壺へとするすると泳いでいく生き物を目で追いかけた。
「あっ…ビン?」
なんと、滝の裏に隠してでもあったのか、その黄色いトカゲは次々とマーシャの近くへ液体の入った細長いビンを運んできたのだ。全部で12個もある。
「トカゲさん、これを、私に?」
こくこく。
「ありがとう♪あ、そうだ、お礼にこれをあげるね」
マーシャはまだ自分が小さかったときに父親からもらった、大切な髪止めをトカゲのリボンにつけてあげた。子ども用の本当にちいさなもので、もうマーシャには合わないのだがそのトカゲにはピッタリの様子だった。心なしか、トカゲも照れているようだった。
「ありがとう♪神さまの御使いさん。おとうさんに飲ませてみるね」
マーシャは家に帰ると、そのビンの液体を、死の病に伏しておりもはや意識のない父親に飲ませる。
ほどなくうっすらと、頬が赤みを帯びてきた。心なしか、顔から険しさもとれたようだ。
村の医師の見立てでは、このビンは治癒(ディオス)の薬であろうということだ。この薬自体では父親の病を完治させることはできないが、当面の回復には十分使えるし、なにより数が多いのでそのうちの何本かを売り、父親の病に聞く薬を十分なほど買えるだろうと言ってくれた。(ただ、なぜビンの表に*マディの薬*と上書きされているのかは首をひねってはいたが)
ラム・ナーシュの奇跡。
この泉で起きた小さな奇跡の話はゆっくりと広まっていった。その後もマーシャは毎朝欠かさずに神さまとトカゲさんに感謝の祈りを捧げているという。
「おや?(ピー)君、どこへ行っていたのですか?共にグラムと関係のあるらしき、あのフェールエンの元王子殿とガイシルトの兄弟との接触はつかめましたか?おやおや、これはかわいい髪止めですね…」
- 2010/02/09(火) 15:50:50|
- ワードナ
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ドルジ!ボンバイエ!!
ドルジ!ボンバイエ!!
ドルジ!ボンバイエ!!
ドルジ!ボンバイエ!!
ドルジ!ボンバイエ!!
ドルジ!ボンバイエ!!
被害男性の嘆願書にあったように、その人が「一生十字架を背負う」のを避けるには、ドルジ(朝青龍)さんが今後の人生を成功させあらたな栄光を獲得する他ないと思います。
あの復活優勝は本当に嬉しかった。『どうだ!見たか!』と溜飲を下げた思いでした。また再びのドルジの復活優勝が見たいです。
ドルジ!ボンバイエ!!
- 2010/02/08(月) 12:47:54|
- スポーツ
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三浦介は大学なるものに行ったことがないのでよくわからないのですが…最近、車を運転中にラジオのFM77,1放送大学を聞いています。
面白いです。
想像していた、あの無味乾燥で退屈な講義ではなく、なにか教授のみなさんが、自分がハマっている趣味について熱く語っているかのような楽しさが伝わってくる感じがあります。
しかしそれにしても、聞くところの大学の「単位」って何なのでしょう?
全十回の講義を受けるとして、八回受ければ「単位」が取れるとか?そんなバカな話じゃないでしょう?
途中で巻数が中抜けしているマンガや小説等々を連想させます。鎌倉時代抜きの日本史がありますか?小野小町抜きの六歌仙がありますか?プラトン抜きのギリシャ哲学がありますか?(言い過ぎ
知は疑より始まる、と言いますが、まずは好奇心がすべからく重要なのだと思います。
- 2010/02/07(日) 10:16:18|
- 雑感
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宅建の勉強をゆるゆるとやっています。なんとか時間を作って…
テキストを読み、過去問を解く。テキストを読み、過去問を解く。繰り返しです。
似ているかな、と思います。宅建のテキスト、といっても内容がいくつかに別れているのですが、
兵法書を読む。歴史書を読む。経済の本を読む。歴史書を読む。政治の本を読む。歴史書を読む。
孫子もマキャヴェリもクラウゼヴィッツもアダム・スミスもケインズも孔子もその他なんであれ、生きるテキストだと思います。
- 2010/02/07(日) 10:01:47|
- 雑感
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中国の考え方で、儒商というものがあるそうです。
利益のためならなんでもありな「資本家」商人に対して、日本の渋沢栄一さんをモデルに「片手に論語、片手にそろばん」という姿勢であるべきだという理想を指した言葉だそうです。仁義礼智信を備えた商売人ですね。
ならば、道教の考え方を取り入れた道商という言葉もあっていいのではないかと思います。すなわち、「知足」(足るを知る)です。
一見、限りなく利潤を追い求める企業人とは正反対の理想のようです。
しかし、先の金融危機は、やはり無茶苦茶をしたら自爆することが示され、理性のブレーキをかけた者が生き残ることが示されました。
企業仁義。(儒教)
企業知足。(道教)
企業遵法。(法家)
名誉ある未来型企業商品を、消費者が選択していくのです。
- 2010/02/05(金) 20:55:25|
- 雑感
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