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【歴史】ローマとソウル(前編)

このブログのタイトルは、「政治と歴史とガンダムと」です。

三浦は歴史が趣味で、いろいろなブログとかに歴史知ったかぶりなコメントを寄せたりしています。それで、このブログも歴史の話しが多くなると思っていたのですが、意外にもほとんどありません。資料を集めなければならず、簡単・迂闊には書けないようです。


ローマ 伝説の王の遺跡発見

イタリア政府は、およそ2700年前、古代ローマ建国の王ロムルスが双子の弟のレムスとともにオオカミに育てられたという伝説の洞くつとみられる遺跡が発見されたと発表しました。
(11月21日 11時16分)

まず、ローマの開祖であるロムルスとレムスの兄弟です。
伝承によれば、この二人の先祖は「トロイの木馬」で滅びたトロイの勇士アエネアスだと言われています。母である美の女神ヴィーナス(ヴェヌス)の加護により生き残った彼は、北アフリカの地においてカルタゴの開祖である女王ディドーと悲恋した後にイタリアにたどり着き、その地で王女ラヴィニアと結ばれてそれより八代約二百年に渡り王国を治めます。

そしてある日、王女でもあった巫女のレア・シルビアが河岸で涼んでいた所を軍神マルスに見初められ、双子の赤ん坊が生まれます。この兄弟がロムルスとレムスです。二人は激怒した王に流され、流れついた先で一匹の雌狼に救われその乳によって育てられます。
このことから、ローマ市の象徴は今でも狼なのだそうです。

この兄弟は成人の後、自分たちを流した王アムリウスを殺し、本来の王でありアムリウスの兄、兄弟の祖父ヌミトルに玉座を返します。

その後、兄弟は新王国を立てるべく旅立ち、テーヴェレ河の河口近く、左右に丘のある所にたどり着きここに都市を築くことにします。
さて、この町にどちらの名前をつけるか。より多くの鳥を見た方が勝ちと決まり、ロムルスはパラティーノの丘にて十二羽、レムスはアヴェンティーノの丘にて六羽の鳥を見てこの都市の名前は「ローマ」と決まりました。

やるせないのはレムスの方です。彼は、八つ当たり気味に壁を蹴り壊してしまいました。兄弟は「城壁を越えた者は殺す」という盟約を立てていたため、兄ロムルスの鍬の一撃によってレムスは殺されてしまいます。

この事件があったのがBC七五三年四月二十一日と言われ、今でもお祝いのお祭りが開かれているそうです。

以上がローマの物語ですが、韓国のソウルもとある兄弟が立てた都と言われており、次回はそれを書きたいと思います。
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  1. 2007/11/22(木) 04:47:47|
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