銀河帝国

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要するに三浦が言いたいこと

無期公債への転換という慣行は、それを採用したすべての国をしだいに弱体化させた。それを始めたのはイタリアの諸共和国だったようである。ジェノヴァとヴェネツィアは、それらのうちでいまなお独立国と称しうるただ二つの国であるが、ともにこのために弱体化してしまった。スペインは、この慣行をイタリアの諸共和国から学んだようであるが(その税は、イタリアの諸共和国の税よりも、おそらく思慮に欠けていたため)、その本来の力の割には、イタリア諸共和国よりもさらに弱体化した。スペインの負債は、きわめて古い起源をもっている。それは十六世紀末よりまえに、つまりイングランドが一シリングの債務も負わなかったときより約一○○年もまえに、債務にどっぷりとつかっていた。フランスは、その自然的資源の豊富さにもかかわらず、これと同種の重い負担にあえいでいる。連合諸州共和国は、その公債のために、ジェノヴァやヴェネツィアと同じくらい弱まっている。他のどの国をも弱体化させ荒廃させた慣行が、ただグレート・ブリテンだけで、まったく無害だということがありうるだろうか。

(中略)

グレート・ブリテンは、半世紀まえにはだれも支えうるとは信じなかった負担を、苦もなく支えているように思われる。しかし、だからといって、グレート・ブリテンはどれほどの負担でも支えることができると即断しないようにしよう。いや、グレート・ブリテンがすでに背負ってきたよりも少々重い負担でも、たいした苦痛なしに支えることができるという過度の自信さえ、もつことはやめにしよう。
いったん国債がある程度蓄積されると、私の信じるところでは、公正かつ完全に償還された例は一つもない。公収入の債務からの解放は、それが行われたことがあったとしても、つねに破産によってであった。すなわちときには公言された破産によることもあったが、しばしば償還を装いはするものの、つねに実際の破産によって達成されたものであった。
鋳貨名称の引き上げは、真の公的破産を偽りの償還という外観で偽装するもっともありきたりの便法であった。たとえば議会法や勅令によって、六ペンスを一シリングの名称に引き上げ、六ペンス二○個をイギリス正貨一ポンドの名称に引き上げるならば、旧名称で二○シリング、すなわち銀約四オンスを借りた人は、新名称では六ペンス二○個、すなわち二オンスをいくらか下まわる銀で償還するだろう。約一億二八○○ポンドの国債、つまりグレート・ブリテンの無期公債と一時借入金の元金に近い国債は、このようにすれば、われわれの現在の貨幣約六四○○ポンドで償還できるだろう。それはたしかに、名ばかりの償還にすぎず、公共にたいする債権者は、実際に、当然自分に支払われるべき金額一ポンドにつき一○シリングを詐取されることになるだろう。この災厄はまた、公共の債権者をはるかに越えて拡大するだろうし、すべての私人の債権者もそれ相応の損害をこうむるだろう。しかもこのことは公共の債権者のなんの利益にもならず、たいていのばあい、大きな追加的損失になるだろう。たしかに公共の債権者が一般に他の人びとにたいして大きな債務を負っているならば、彼らは、公共が彼らに償還したその同じ通貨で、自分の債権者に支払うことによって、ある程度、自分の損失を償うことになるかもしれない。しかしたいていの国では、公共の債権者は、その大部分が裕福な人びとであって、彼ら以外の同胞市民にたいして、債務者というより債権者の関係にある。したがってこの種の見せかけの償還は、公共の債権者の損失を軽減するどころか、たいていのばあい加重し、公共になんの利益ももたらさず、多数の他の罪もない人びとに災厄をひろげる。それは私人たちの財産の全般的な、もっとも有害な転覆を引き起こす。それは、たいていのばあいに、勤勉で倹約な債権者の犠牲で、怠惰で浪費的な債務者を富ませ、国民資本の大きな部分を、それを増加させ改良しそうな人の手から、それを浪費し破壊しそうな人の手に移すからである。国家がみずからの破産を宣言することが必要になるときには、個人がそうなるばあいと同様、公正に、公然と、破産を宣言するほうが、つねに、債務者にとって不名誉の度合いがもっとも少なく、債権者にとって被害の度合いがもっとも少ないやりかたである。実際に破産した不名誉を覆いかくすために、これほど簡単に見すかされ、同時にこれほど有害な、この種の手品めいた術策に訴えるならば、国家の名誉は、まちがいなく、ほとんど顧慮されていないのだ。


―アダムスミス『国富論』第5編主権者または国家の収入について 第三章公債について より


三浦が言いたいことはまさにこのことなのです。
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  1. 2009/10/31(土) 04:22:51|
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